このタイトルを見たとき、正直に言えば僕は反発を覚えました。
「勘違いさせる力」という言葉は、人を欺いて得をしようとする小賢しい処世術のように響いたからです。
努力や実力こそが最後には報われるべきだと信じたい僕にとって、運でも実力でもなく「勘違い」が人生を左右するという主張は、どこか身も蓋もなく、シニカルに感じられました。
けれども読み終えたいま思うのは、その最初の反発心こそが、著者ふろむだ氏の狙いだったのではないか、ということです。
ページをめくるうちに、僕は自分が抱いていた「実力主義への素朴な信仰」が、いかに人間の認知の仕組みから乖離したものであったかを、少しずつ突きつけられていきました。
本書の核にあるのは「錯覚資産」という概念です。
これは、人々が抱く、都合のいい思い込み——つまり勘違い——のことを指します。
たとえば一つの分野で目立った成果を出すと、周囲は「この人は他のことも優秀に違いない」と勝手に信じ込みます。
この思い込みが、次のよい仕事やチャンス、人脈を呼び込み、その環境がさらに実力を伸ばし、結果として新たな成果と新たな錯覚資産を生みます。
著者はこの循環を丁寧に描き出します。
成功が成功を呼ぶのは、本人が飛び抜けて有能だからというより、周囲の「勘違い」が資産のように積み上がり、複利で膨らんでいくからだ、というのです。
この説明の背骨になっているのが、認知バイアス、とりわけハロー効果です。
人は一つの際立った長所を見ると、その光に引きずられて、無関係な部分まで高く評価してしまいます。
学歴が高い人は仕事もできるはずだと感じ、清潔感のある人は誠実だろうと感じます。
本書はこうした心の癖を、ダニエル・カーネマンの言う「システム1」——速く、直感的で、努力を要さない思考——の働きとして位置づけます。
僕たちは自分では冷静に、論理的に他人を評価しているつもりでいます。
しかし実際には、その大半を直感が瞬時に決めてしまっており、後から理屈でそれを正当化しているにすぎないのです。
著者はこの点を、後知恵バイアスや少数の法則、一貫性のバイアスといった具体例を重ねながら、逃げ場のない形で明らかにしていきます。
読みながら僕が繰り返し感じたのは、居心地の悪さでした。
実力が正当に評価される世界であってほしいという願いと、現実には評価がバイアスによって大きく歪められているという事実とが、真正面からぶつかったからです。
けれども同時に、奇妙な安堵も覚えました。
もし人生が純粋な運だけで決まるのなら、僕たちにできることは何もありません。
しかし本書が言うのは、運任せでも実力一本槍でもなく、「他人にどう認識されるか」という部分に、自分で働きかける余地があるということです。
錯覚資産は、待っていて授かるものではなく、意識的に築いていけるものだといいます。この視点は、思いのほか前向きなものでした。
もっとも、本書の主張には批判もあり得るでしょう。
「勘違いさせる」という発想は、一歩間違えれば、中身のない見栄えだけを追い求める虚飾の勧めになりかねません。
実際、僕も読みながら「これは結局、印象操作の技術ではないのか」という疑念を何度か抱きました。
しかし著者はその懸念を軽視していません。
錯覚資産はあくまで実力と両輪であり、中身が伴わなければいずれ剥がれ落ちる砂上の楼閣にすぎない、と繰り返し釘を刺しています。
むしろ本書が問うているのは、「せっかく実力があるのに、それを正しく認識されないまま埋もれてしまう人があまりに多い」という不均衡ではないでしょうか。
実力を磨くことと、それが正当に伝わるように振る舞うことは矛盾しません——この当たり前のようでいて見落とされがちな事実を、本書は認知科学の裏付けとともに突きつけてきます。
読み終えて、僕自身の物の見方はいくつかの点で変わりました。
一つは、他人を評価するときの自分への警戒心です。
誰かを「優秀だ」と感じたとき、その判断のどこまでが実質に基づき、どこからがハロー効果による水増しなのかを、立ち止まって考えるようになりました。
もう一つは、自分の努力の見せ方に対する意識です。
これまで僕は、良い仕事をすればいつか誰かが気づいてくれる、という受け身の姿勢に無自覚に寄りかかっていました。
けれども認識されなければ、その努力は存在しないのと同じように扱われかねません。
謙虚さと自己卑下は違うのだと、本書は教えてくれました。
もちろん、この本を読んだからといって、明日から錯覚資産が魔法のように積み上がるわけではありません。
それでも、人生を動かしているのが実力そのものではなく「実力についての他人の認識」なのだという視点は、世界の見え方を確実に一段解像度の高いものにしてくれました。
運のせいにも、実力不足のせいにもせず、自分が働きかけられる領域を冷静に見定める——そんな成熟した現実主義を、本書はシニカルな装いの裏に静かに携えています。挑発的なタイトルに反発した最初の自分に、いまはこう言いたいです。
この本が語っているのは、ずるさではなく、世界のありのままの仕組みなのだ、と。